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ここ5年で一番良かった本

を、2016年末にして発見しました。恩田陸の『蜜蜂と遠雷』です。ハードカバーは滅多に買わない(そもそもそこまで読書家でもない)ので500ページを超えるこの本を見た時はちょっと躊躇したんですが、朝井リョウさんがめちゃくちゃ良かったと言っているのをコラムで目にしたので間違いないだろうと思い購入しました。リトルトゥースの言う事に全幅の信頼を置いております。

http://www.gentosha.co.jp/book/b10300.html

以下引用

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3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

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URL出そうと思って調べてたらいつの間にか直木賞候補にもなっていた!受賞したらセンスを認められた気がして勝手に嬉しい。でも、森見登美彦の『夜行』が取っても嬉しい。有頂天家族はじめほぼ全部持ってます。『夜行』はまだ買ってないけど…

 

感想ですが、タイトル通りで本当にここ5年で読んだ本の中で一番面白かったです。

凡人は凡人として生きるほかないし、凡人が天才の感じている事を同じように感じる事は一生ないと思うんですが、この本の中でだけはそれを体験することができます。それぞれのピアニストの演奏中の描写にかなりのページ数が割かれていて、自然と引き込まれるというよりは頭から飲み込まれて今まさにコンサートホールに座って演奏を聴いているような、それでいてピアニスト自身になったような、不思議な気分になります。課題曲にそれぞれが込める想いや、即興にあたるカデンツァの表現の仕方も千差万別で、これが天才でありその上に努力を重ねてきた人達しか見られない・見せられない景色なんだろうなあと思ってしまいました。

クラシックの知識は全く無いですが説明が丁寧なので十分楽しめます。むしろ、もし私が音大出身者とかだったらいろいろな切なさとか感じてるのではないかなあ。更に面白く読めるということでもあるんだろうけども。

 

一番好きなシーンは栄伝亜夜と風間塵がコンクールとは別の場所で一緒にピアノを弾く部分です。「お月様、綺麗だったね」という塵の一言で2人は弾き始めるのですが、ドビュッシーの月の光から、Fly me to the moon、月光の第二楽章、How high the  moon とユニゾンで弾き続けていきます。ジャズなら少しわかるのでこのシーンに関しては完全に曲を知っている状態で読めた分高揚感が凄まじかったです。

またここの描写がとても素敵で

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亜夜は、全身をビリビリと電流のような歓喜が押し寄せてくるのに眩暈がした。風間塵が笑っている。大きく口を開け、笑っている。

いつのまにか、亜夜も一緒に笑っていた。どこまでも満ちてくる月の光、寄せる、うねる、寄せる、泡立つ、しぶきがきらめく。

どこまでも飛べそうだー(260P)

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天才にしかできない遊びではあるんだろうけど、この感覚だけに関して言えば、ちょっとでも音楽が好きだなと思った事のある人なら誰でも感じた事があるもののような気がする。いい音楽を聴いたり演奏できた時の楽しさは凄いし、それを誰かと分かち合える時は幸せったらない。

本は自分以外の人生を体験できるツールだとよく言われますが、この本はそれを超えて、タイプの違う4人のピアニストとそれを取り巻く人々を通して読者それぞれを物語の中に参加させてくれて、その中でそれぞれが持つ経験・感覚・恐怖・幸福を思い出させてくれるような作品だと思います。

 

最後に、この小説にはピアニストや審査員等の音楽家のほかに、28歳の出場者の明石をはじめとするコンテスタントに密着取材を試みる雅美という女性が登場します。彼女はコンクール中盤、出場者の演奏中の表現や演奏後の満ち足りた顔を見て「あんなふうに、あたしは自分の仕事に幸福感を覚えたことがあっただろうか。」と自問します。

個人的にはサラリーマンがそんな幸福感を仕事に求めるのは筋違いだと思ってます。そもそも一人一人無力だから組織になって何かをやろうとしているわけなので、その時点で生活を切り詰めて時には孤独に一つの事を極めようとする人達とはなにもかも違うなと。

けどそういう事を素直に思わせてくれることがすごい。ともすれば人生の意味なんて簡単に見失う凡人にとって、天才が凌ぎを削って見せてくれるものや芸術そのものは生きる糧だと感じました。この本を読めて本当に嬉しいし、今年は出来れば多くの本を読みたいなと思っています。

 

このブログは少しずつ書いていたのですが、ちょうど今日直木賞受賞が決定したそうです。

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6227664

私まで嬉しい。これは映画化もあるんじゃないでしょうか。

 

小人閑居して不善を為しまくり2016

こういう諺を見たり、80〜90年代にananとかMOREで連載されてたOL向けお悩み相談コラムとか読んだりするといつもああ人間は進歩しないものなんだなあと思います。どんなに時代が変わって多種多様な価値観が生まれたとしてもみんなが寂しさとか自尊心とか勝てっこないものに勝とうとしてツラいという状況は昔から変わってない気がする。先人の経験は全然生かされなくて100年前の人と同じようなことで普通に毎日悩んだりする。

 

私も寂しさと自尊心にボコボコにされる1年でした。下手に暇があったせいで心の穴の中の穴を覗き込み自分の中にこそ幸せの答えはあるんだとズブズブズブズブのめり込み、優しさを優しさとも思えずみんなが敵に見え出して、結果仲良くしてくへた人達と疎遠になりブクブクに太り卑屈な性格をさらに卑屈にしたのでした。

誰の役にも立たないという意味でほぼ泥、ものを食べたり金を欲しがったりするという点で泥以下までグジュグジュになった私が昨年1年でやっとわかったことといえば

自分の心の中に答えやなんかの足しになるものなんて一つもないし、自分の脳ミソにはおがくずみたいなもんしか詰まってない

という事でした。悲劇ではなく事実として無能っぷり取り柄無いっぷりを認めざるをえなくなってしまいました。

それはこれまでとても怖い事だったけど、一度そうなってしまえば割とスッキリしたもんです。

 

引きこもりも1人で長い時間思い悩む事も、賢い人がやれば実りあるものになると思います。学者さんとか。

一方私は賢くなくて、よって引きこもっても不利益しか生まないので身体的にも精神的にももうこもるのはやめようと思います。

頭は使わない。とにかく手を体を動かして人と関わる。健康体な事はありがたいことに間違いないのでそれくらいはできる。勧められたことは引き受けてみる。バカなんだから独断しない。これまでの人生で毎日のようにしてきたズルと手抜きをやめる。今仲良くしてくれてる人を大切にする。望みを持たない。これまで自分を何よりも誰よりも大切にしてきた分今年は駒になれるようにがんばる。